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疾患情報

腹部大動脈瘤 疾患概要 / 診断

  • 有病率
  • 予後
  • スクリーニング
  • 病診連携の実態
  • 診断

有病率

有病率腹部大動脈瘤(AAA)の有病率は加齢とともに増加します。

図1:年齢別のAAA有病率(海外)1)
対象:
ノルウェー・トロムソの住民6,386名(年齢25歳~84歳)
方法:
1994年~1995年にかけて実施したエコー検査において、AAA(瘤径≧3.5cmなどを基準)の認められた患者を年齢別に層別化するとともに、リスク因子を解析した。地域住民ベースの研究。

リスク因子を有する患者さんでは、より高いAAA有病率が報告されています。

表1:AAA有病のリスク因子

※オッズ比は男性での割合

  • 男性1)
  • 65歳以上:2.2倍~1)
  • 喫煙:現在喫煙7.4倍、過去喫煙歴3.6倍1)
  • 高血圧(降圧薬服用)1.6倍1)
  • 冠動脈疾患2) 3)
  • 家族歴4)
  • 1)Singh K, et al. Prevalence of and risk factors for abdominal aortic aneurysms in a population-based study : The Tromso Study. Am J Epidemiol. 2001;154(3):236-44. 改変
  • 2)Lederle FA, et al. The aneurysm detection and management study screening program: validation cohort and final results. Aneurysm Detection and Management Veterans Affairs Cooperative Study Investigators. Arch Intern Med. 2000;160(10):1425-30.
  • 3)Dupont A, et al. Frequency of abdominal aortic aneurysm in patients undergoing coronary artery bypass grafting. Am J Cardiol. 2010;105(11):1545-8.
  • 4)Salo JA, et al. Familial occurrence of abdominal aortic aneurysm. Ann Intern Med. 1999;130(8):637-42.

解説

腹部大動脈瘤(AAA)は、大動脈瘤のなかで最も高頻度で発生します。
AAAの有病率は加齢とともに増加し、海外の調査では、45歳~54歳の男性の有病率は2.6%ですが、55歳~64歳では6.2%、65歳~74歳では14.1%と急激に増加することが報告されています(図1)。また、有病率は女性よりも男性で高く、喫煙、高血圧、冠動脈疾患、家族歴などもリスク因子です(表1)。
日本人のAAA患者数は、60歳以上(約4千万人)の有病率を5%と仮定した場合、推定で約200万人となります。日本では、高齢化が急速に進んでいるため、AAA患者さんは、今後さらに増加すると考えられます。

予後

破裂すると緊急手術を施行できても約半数は死亡すると報告されています。

図2:破裂性AAA開腹手術の院内死亡率(メタ解析)

対象および方法:論文データベースの検索結果から、AAAの破裂による開腹手術の実施成績について記載のある171論文を識別してメタ解析を行い、1955年~1998年のAAA破裂患者の院内死亡率を集計した。

Bown MJ, et al. A meta-analysis of 50 years of ruptured abdominal aortic aneurysm repair. Br J Surg. 2002;89(6):714-30.

破裂リスクは、瘤径やリスク因子によって異なります。

表2:AAAの破裂リスク
AAA瘤径別の推定年間破裂率
腹部大動脈瘤最大短径(cm) 破裂率(%/年)
< 4 < 0
4 – 5 0.5 – 5
5 – 6 3 – 15
6 – 7 10 – 20
7 – 8 20 – 40
> 8 20 – 40

Brewster DC, et al. Guidelines for the treatment of abdominal aortic aneurysms. Report of a subcommittee of the Joint Council of the American Association for Vascular Surgery and Society for Vascular Surgery. J Vasc Surg. 2003;37(5):1106-17.

AAA破裂のリスク因子
  • 瘤径
  • 喫煙
  • 高血圧
  • 慢性閉燗塞性肺疾患
  • AAAの家族歴

解説

AAAは、進行するまで自覚症状がないことも多く、症状のないまま進行して瘤径が大きくなり、突然、破裂することもあります。AAAが破裂した場合には、急激な腰痛や腹痛が現れ、死亡率が高くなります。約50年間にわたる発表論文をメタ解析して集計した結果では、開腹手術を行っても、48%が入院中や手術中・周術期に死亡すると報告されています(図2)。
AAA破裂のリスクは、瘤径が大きくなるとともに高まり、瘤径が4~5cmでは、年間の破裂リスクは最大で5%ですが、6~7cmでは最大で20%に達します(表2)。
また、瘤径の他にも、喫煙、高血圧、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、AAAの家族歴なども破裂のリスク因子であることが知られています。

スクリーニング

予後改善、方法

AAA高リスク患者へのエコー検査によるスクリーニング実施は瘤関連死を有意に抑制します。

図7:AAA高リスク患者へのスクリーニング実施による予後改善1)
対象:
英国の男性67,770名(年齢65歳~74歳)
方法:
AAAのスクリーニングのためのエコー検査に招待し、AAA(瘤径≧3cm)が発見された場合には継続して追跡エコー検査した群(スクリーニング招待群)と、エコー検査への招待も追跡エコー検査もしなかった群(対照群)の死亡率を10年間追跡調査した。地域住民ベースの研究。

解説

AAAは、自覚症状なく進行するため、スクリーニングにより早期発見することが非常に重要です。英国における男性67,770名を対象とした10年間にわたる調査では、エコー検査によるスクリーニングを行い、AAAが発見された場合には、継続して追跡エコー検査を行った群では、スクリーニングを行わなかった群と比較して、10年間の死亡リスクが42%低減しています(図7)。死亡リスクの低下の理由として、継続的なエコー検査の実施によりAAAの進行を確認しながら適切な時期に待機的手術を行うことができること、AAA破裂による開腹手術や死亡が減少することなどが考えられます2)

  • 1)Thompson SG, et al. Screening men for abdominal aortic aneurysm: 10 year mortality and cost effectiveness results from the randomised Multicentre Aneurysm Screening Study. BMJ. 2009;338:b2307.
  • 2)Scott RAP. The Multicentre Aneurysm Screening Study (MASS) into the effect of abdominal aortic aneurysm screening on mortality in men: a randomised controlled trial. The Lancet. 2002;360(9345):1531-9.

AAAは日常診療での触診やエコー検査などによって早期発見が可能です。

触診
触診のポイント

患者さんの仰臥位で両膝を立てた状態とし、手のひら全体で腹部を触診する。AAAは多くの場合、腎動脈下に発生するため、その位置は臍部のやや上にあることが多い。圧迫のみでは瘤以外の拍動に触れることがあるため、拍動性腫瘤の左右を挟むように瘤の輪郭を触知るすると、瘤の拍動を確認できる。

エコー検査
エコー検査のポイント

触診でAAAが疑われた場合には、エコー検索を実施する。エコー検査による、AAA発見の感度は98%、特異度は100%で非常に有用性が高い。大動脈の前に小腸があり、描出が困難な場合もあるが、仰臥位のままプローブで小腸を押し分けると描出される。

問診、徴候
AAAが疑われる自覚症状
  • 飽満感
  • 便秘
  • 腰痛
  • 腹部不快感
AAAが疑われる他覚症状
  • 拍動性の腫瘤
AAAスクリーニングの考慮が必要とされる患者さん腹部大動脈瘤の主なリスク因子
  • 65歳以上
  • 男性
  • 喫煙
  • 高血圧
  • 家族歴

解説

AAAは、進行するまで自覚症状がないことが多いため、①AAAとは関係のない腹痛などで近医を受診して発見された、②他の疾患でCTやMRIを行った際に発見されたなど他の疾患で受診中に発見されることがよくあります。そして、発見された際には、すでに進行している場合も数多くあります。
そのため、65歳以上、男性、喫煙、高血圧、家族歴などのリスク因子を複数もつ高リスクの患者さんには、積極的なスクリーニングを行いAAAを早期発見することが、良好な予後のために重要です。
日常診療において、AAAの高リスクの患者さんに対しては、積極的にスクリーニングを行い、AAAが発見された場合や、疑いがある場合には、専門医へのご紹介をお願いいたします。

  • 1)長見晴彦ほか、鳥根医学 2008;28:24-27

日常診療でみつかる腹部大動脈瘤

他疾患の精査中での画像検査に偶然映ることもあります。

整形外科
腰痛、仙骨通で来院した85歳女性(高血圧、心臓病の既往)の来院時の腰椎単純X線所見1)

腰椎X線で腰椎の強度の骨粗鬆症と腹部大動脈の石灰化が認められた症例において、点状石灰化の陰影から腹部大動脈の最大短径をX線上計測したところ約8cmのであった。同部位の上腹部エコーを施行でも最大短径8cmの腹部大動脈瘤を認めた大学病院心血管外科へ紹介し、人口血管置換術が施行された。

  • 1)長見晴彦ほか、鳥根医学 2008;28:24-27
【破裂性腹部大動脈瘤】
低血圧と強度の背部痛で救急受診した78歳男性の大動脈造影エコー所見2)

触診でAAAが疑われた場合には、エコー検索を実施する。エコー検査による、AAA発見の感度は98%、特異度は100%で非常に有用性が高い。大動脈の前に小腸があり、描出が困難な場合もあるが、仰臥位のままプローブで小腸を押し分けると描出される。

  • 2) Catalano O, et al. Contrast-enhanced sonography for diagnosis of ruptured abdominal aortic aneurysm. AJR Am J Roentgenol. 2005;184(2):423-7.

解説

  • 腰椎単純X線写真に写るAAAの見え方と特徴
  • 高齢者では動脈硬化による大動脈壁に石灰化を認めることが多く、石灰化を伴う腹部大動脈ではその陰影から単純X線で最大短径の測定が可能となります。
  • 腹部大動脈瘤のリスク因子を有する患者さんで腰椎X線検査を行う際は、腹部大動脈瘤も念頭に画像評価を行うことが必要です。
  • 腹部大動脈瘤の破裂または切迫破裂では9割以上で腰背部痛を有するとの報告もあります3、4)。腰痛患者さんの診断では、まず注意深い問診と身体検査を行い、重篤な脊椎疾患や内臓由来の腰痛のほか、血管由来の腰痛として腹部大動脈瘤を鑑別することが重要です。破裂性の腹部大動脈瘤では、突然の腹部・腰背部の激痛、血圧異常(低血圧・高血圧)、ショック症状、腹部拍動性腫瘤を特徴とします。
  • 腰痛を初発症状とした破裂性腹部大動脈瘤は、患者さん自己判断による放置や近医での他疾患と診断、経過観察により、確定診断と血管外科受診までに時間を要することが報告されています5)。破裂性腹部大動脈瘤の救命率を向上させるためにも、腰痛診療では問診と腹部を含めた触診を十分に行い、疑わしい場合は腹部エコー等による画像診断を施行し、迅速な診断・救急搬送につなげることが大切です。
  • 3)浦山博ほか. 骨・関節・靭帯 1992; 5: 71-75
  • 4)Darling RC. Ruptured arteriosclerotic abdominal aortic aneurysms. A pathologic and clinical study. Am J Surg. 1970;119(4):397-401.
  • 5)垣 伸明ほか. 日血外会誌 2005; 14: 587-590
泌尿器科・消化器科
腹部に圧痛を自覚した腹部大動脈瘤のエコー所見6)

腹部圧痛のほか、触診では拍動性腫瘤を触知した。最大径47mmの轟状大動脈瘤であり、瘤部の外膜の連続性が保たれているため真性動脈瘤であることがわかる。

縦断面
横断面
人間ドッグ受信時も発見された腹部大動脈瘤の腹部エコー所見6)

最大径28mmの紡腫大動脈瘤(↑)であり、瘤部に血栓と石灰化を認める。

  • 6)鶴岡尚志ほか, 臨床病理 2007; 55: 135-143

解説

  • 腹部大動脈瘤の多くは無症候の患者さんで偶然に発見され、腹部エコー検査と触診が主な発見契機になっていることが報告されています7)
  • 人間ドックの腹部スクリーニングで発見される場合、腹部大動脈瘤の診断基準に満たない瘤が多いですが(最大径30mm以下)、経過観察により瘤径の拡大を確認することが重要です。
  • 特に男性では、腹壁の緊張度、腹筋の発達度が高いため、腹部大動脈瘤の発見には腹部エコー検査が有効です。
  • 破裂性腹部大動脈瘤では、腹痛を初発症状とする症例が7割に達するとの報告もあります5)。腹痛においても、問診と触診を十分に行い、疑わしい場合は腹部エコー等による画像診断を施行し、迅速な診断・救急搬送につなげることが重要です。
  • 7)金 京子ほか. 日老医誌 2000; 37: 1012-1013

病診連携の実態

AAA早期発見と破裂予防のためには、専門医との連携が欠かせません。

AAA診療におけるプライマリケア医、専門医の役割

診断

破裂リスクを考慮して、CTフォローと外科治療適応を判断します。

図3:AAAの診断とフォローアップ

循環器病診断と治療に関するガイドライン(2010年合同研究班報告)
大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2011年改訂版)
http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_takamoto_h.pdf

解説

AAAが進行して瘤径が大きくなり破裂した場合には、死亡のリスクが非常に高まります。
そのため、早期にAAAを発見して、注意深く経過観察を行うことが必要です。早期発見のため、リスク因子(男性、65歳以上、喫煙、高血圧、家族歴)が複数ある高リスク患者さんでは、腹部触診や腹部エコー検査によるスクリーニングが勧められます。触診で腹部に拍動性腫瘤がみられる場合にも、腹部エコー検査や腹部CTスキャンによる精査が勧められます。また、他の疾患で腹部エコーやCTを行いAAAが発見された場合や、疑われた場合にも腹部CTスキャンによる精査が勧められます(図3)。
いずれにしても、AAAが発見された場合や、疑いがある場合には、専門医に紹介し、腹部CTスキャンなどにより瘤径と破裂リスクを正確に評価し、必要に応じて外科治療を考慮する必要があります。